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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)236号 判決

理由

一、控訴人が「額面金一七二、〇〇〇円、満期昭和三四年六月四日支払地和歌山市、支払場所株式会社紀陽銀行橋向支店、振出地和歌山市、振出日同年五月一六日、振出人控訴人、受取人らん白地」なる本件約束手形一通を作成して被控訴人に引渡したこと、および被控訴人が右手形を所持し昭和三五年八月三一日までに右受取人らんを被控訴人と記入補充したことは、いずれも当事者間に争のないところである。

二、被控訴人は右本件約束手形の受取人らんに、控訴人より授与された補充権に基いて被控訴人と記入補充した旨主張するので案ずるに、前項記載争のない事実に(証拠)を綜合すれば、控訴人は昭和三四年五月一六日頃本件約束手形により、金員貸付方を被控訴人に依頼したので、被控訴人はこれに応じ、控訴人より黙示的にその受取人らんの補充権の授与を受けて、本件約束手形の引渡を受けると引換に、控訴人に対し、その額面金額よりその満期までの間の若干の利息を差引いた残金額を控訴人に交付したことが認められ、右認定に反する(証拠)は、たやすく措信できず、その他に右認定に反する証拠はない。

三、控訴人は、本件約束手形は、控訴人と被控訴人との共同経営事業の債務支払のために控訴人の名義で振出されたものであるから、被控訴人が右債務を支払つたとしても被控訴人は控訴人に対し本件手形金の支払を求めることはできない旨抗争するので、検討するに、控訴人と被控訴人とが共同して、建具用材木の売買を目的とする事業を経営した旨の控訴人の主張に添う、(証拠)は、(証拠)の各記載に照してたやすく措信できず、却つて、当事者間に争のない被控訴人が訴外鶴岡製材株式会社に関与していた事実に、(証拠)を綜合すれば、控訴人は昭和二八年一一月頃より、木材の売買等を営む訴外株式会社広野商店に取締役として勤務していたが、昭和三〇年末頃より右訴外会社に出勤しなくなりまとまつた資金がなかつたため、材木のブローカーとして暮していたところ、控訴人の住所より二キロメートル位離れたところに住み、当時材木の売買や製材を営む訴外鶴岡製材株式会社の取締役であつた被控訴人とともに、材木購入のため、広島市に赴き、その際汽車に同席し、同一旅館に宿泊することもあつて懇意となり、控訴人は昭和三一年三月末頃、被控訴人に対し、独立して、建具用材木売買の営業をなすため、その資金の融通その他の援助を求めたので、被控訴人はこれを承諾し、昭和三一年四月一日控訴人の右営業に現金一〇〇万円を融資し、控訴人はこれに自己資金一六万円を加えて営業資金となし、商号を笹商店、佐藤商店或は共として、控訴人の計算において、単独で建具用材木売買の営業を開始し、店舗を持たなかつたので、和歌山市中之島二七番地訴外友居孝方或は訴外鶴岡製材株式会社方を連絡場所とし、右訴外友居孝方に、控訴人の購入した原木の保管を依頼し、右訴外人方で製材することもあつた。被控訴人は控訴人の求めに応じて、控訴人が右営業上取得した手形の割引をなし、また控訴人の私生活より一応切離した、右営業単位において右営業上の収支につき、控訴人のために、その商業帳簿の記帳方を依頼され、右帳簿を訴外鶴岡製材株式会社内に置き、同訴外会社において、控訴人より納品書や領収書等の資料の提供を受け、その指示に基いて、これに記帳し、その報酬として控訴人より昭和三一年九月頃より約二年間毎月金一五、〇〇〇円宛の支払を受け、控訴人より云われるまま、控訴人の商業帳簿に時に金一〇、〇〇〇円或は金一五、〇〇〇円を控訴人の給料として支出した旨記帳することもあつた。右帳簿は昭和三四年一月よりは控訴人の住所に移し、その後暫くの間は被控訴人が同所で記帳したが、控訴人の右営業は、昭和三四年五月頃回収不能の売掛代金を生じて経営不振に陥り、同年六月初旬頃廃業するの余儀なきに立至つた。その間控訴人が訴外西原商店に対する材木代金を支払う資金を得るために被控訴人に対し本件手形を振出したことが認められ右認定に反する(証拠)は、たやすく措信できない。

前記乙第一ないし第六号証(いずれも金銭出納簿)には、昭和三三年一月三〇日、同年二月二八日、同年三月三一日、同年四月三〇日、同年七月三〇日、同年九月三日、同年一〇月六日、同年一一月二日に各給料として金三〇、〇〇〇円宛を、同年七月九日に、五、六月分の給料として金三〇、〇〇〇円を、同年一二月三一日に給料として金一五、〇〇〇円を、控訴人に対し、同年七月二日に、給料として金一〇、〇〇〇円を、同年一二月一〇日に給料として金一五、〇〇〇円を各支払つた旨の記載があるが、前記認定によれば、被控訴人は、控訴人の依頼により、同人の経営する材木商の商業帳簿の記帳をして、その報酬として、控訴人より昭和三一年九月頃より約二年間毎月金一五、〇〇〇円宛の支払を受けたものであり、(証拠)によれば、控訴人が、同人経営の右営業上の収入より、控訴人の生活費を計算上分離控除するのに、右商業帳簿には控訴人に給料を支給した如く記載することにし、被控訴人の受ける前記報酬と控訴人の右生活費を合わせて、或は個別に給料を支払つたものとして記載せられたものであることが認められ、右認定に反する(証拠)はたやすく措信できず、その他に右認定に反する証拠はないから、右乙第一ないし第六号証の金銭出納簿に給料なる名目で支出した旨の記載があつても、これをもつて控訴人主張の共同経営が存在した事実を認定する証拠とすることはできない。

前記乙第七号証の金銭出納簿には、被控訴人より金一〇〇万円を、控訴人より金一六万円を各借受けたとの記載があるが、前記認定のとおり、控訴人経営の材木商の商業帳簿を記帳するに当つては、控訴人の私生活の経費とは、切離した営業単位において記載されたものであるから、右帳簿に、控訴人より借入れた旨の記載があつても、それは、控訴人が、その所有する金員を前記材木営業の資金となしたことが肯認できるに過ぎずして、これをもつて控訴人主張の共同事業の認定資料とすることはできない。

(省略)(他の証拠排斥説明)

前記認定によれば、控訴人と被控訴人とが共同して、控訴人主張の建具用材木売買業を経営していたことは認められず、控訴人は、その計算において材木商を営み被控訴人はその援助をしたに過ぎないことが肯認できるのみであるから右共同経営の存在を前提とする控訴人の抗弁は理由がない。

四、(省略)(支払の抗弁に対する判断)

五、受取人らんを白地として控訴人により振出された本件約束手形が控訴人より被控訴人に引渡され、被控訴人が控訴人より授与された補充権に基き、右受取人らんに被控訴人と記入補充し、おそくとも昭和三五年八月三一日までに、右手形を完成手形となし、現在その所持人であること前記のとおりである。右昭和三五年八月三一日が本件原審第六回口頭弁論期日にして、双方代理人が出頭したことは右口頭弁論調書によつて明らかであり、完成された約束形の振出人に対し、その呈示期間内に、これを呈示せずして、裁判上、その手形金の支払を請求したときは振出人は、訴状送達の時より遅滞に陥るもので、若し、訴状送達時に、請求手形が未完成のものであつたときは、その後右手形が完成されたときより、振出人は手形上の責任を負うと同時に遅滞の責に任ずるものと解するを相当とするから、控訴人は右補充した日のあとである昭和三五年九月一日には遅滞に陥つているものといわなければならない。

よつて控訴人はその振出人として、所持人である被控訴人に対し本件手形金一七二、〇〇〇円およびこれに対する右昭和三五年九月一日より商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負担するものである。

六、(省略)(貸金請求に対する判断)

七、そこで、本件控訴および附帯控訴は、いずれも理由がないから、民訴法第三八四条第一項によりこれを棄却……。

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